コーヒーに含まれるカフェインと薄毛の関係について、一般的には睡眠妨害などのネガティブな側面が語られがちです。しかし、近年の分子生物学的な研究分野では、カフェインが薄毛、特にAGA(男性型脱毛症)に対して、意外な形で作用する可能性が示唆されており、科学者たちの注目を集めています。ドイツの研究チームが発表したある興味深い論文では、AGAを発症している男性から採取した毛包(髪の毛を作り出す器官)を、試験管内で培養する実験が行われました。この実験で、AGAの原因物質であるDHT(ジヒドロテストステロン)を加えた毛包は、髪の成長が抑制されることが確認されました。しかし、DHTと共にカフェインを加えた毛包では、その成長抑制が打ち消され、毛幹(髪の毛の部分)が再び伸び始めるという結果が得られたのです。この研究は、カフェインが毛包に直接作用し、DHTのネガティブな影響をブロックする働きを持つ可能性を示した点で画期的でした。そのメカニズムとしては、カフェインが細胞内のエネルギー代謝を活性化させる酵素(cAMPホスホジエステラーゼ)の働きを阻害することが関わっていると推測されています。これにより、細胞の活動が活発になり、髪の成長が促進されるのではないか、というわけです。ただし、この結果を鵜呑みにして「コーヒーを飲めば髪が生える」と考えるのは早計です。これはあくまで試験管レベルでの基礎研究であり、人間がコーヒーを飲用した場合に、頭皮の毛包で同様の現象が起こるかどうかは、まだ証明されていません。また、どれだけの量のカフェインが有効なのかも不明です。しかし、この研究は、コーヒーと薄毛の関係が一筋縄ではいかない、複雑で多面的なものであることを示しています。カフェインが悪者であるという単純なレッテルを剥がし、その多機能な側面に光を当てる、今後の研究が待たれる分野です。
カフェインは薄毛の敵か味方か最新研究を読み解く