僕が自分のM字はげをはっきりと意識したのは、28歳の時だった。友人たちと撮った写真に写る自分の額は、記憶の中のそれよりも明らかに広く、両サイドの切れ込みは深くなっていた。その日から、人の視線がすべて自分の額に集まっているような気がして、外出することすら億劫になった。伸ばした前髪で必死に隠そうとするが、風が吹くたびに生え際が露わになるのが怖くて、いつも下を向いて歩いていた。そんな僕を見かねた長年の友人が、ある日「一回、俺の行ってる美容室に行ってみろよ」と、半ば強引に僕を連れ出してくれた。正直、美容室に行くこと自体が苦痛だった。自分のコンプレックスをプロの目で見られるのが怖かったのだ。席に座り、担当してくれた美容師さんに、僕は意を決して打ち明けた。「M字が、気になってて…」。すると彼は、にこやかにこう言った。「なるほど。じゃあ、それを活かしてカッコよくしちゃいましょう」。彼が提案してくれたのは、サイドを短く刈り上げ、トップに長さを残すツーブロックスタイルだった。サイドを潔く刈り上げることで、M字部分の薄さが気にならなくなり、トップの髪を軽く立ち上げることで、視線が自然と上にいくという。不安と期待が入り混じる中、僕は彼にすべてを任せることにした。仕上がった自分の姿を鏡で見た時、僕は言葉を失った。そこにいたのは、うつむき加減だった以前の僕ではなく、清潔感があり、どこか自信に満ちた精悍な男だった。サイドがすっきりしたことで、M字のラインがむしろデザインの一部のように見え、不思議と気にならない。髪型一つで、こんなにも人の印象、そして気分まで変わるものなのか。その日を境に、僕は下を向くのをやめた。M字はげは、僕から自信を奪ったコンプレックスではなく、新しい自分に出会わせてくれた、きっかけになったのだ。