三十歳を過ぎたあたりから、風呂場の排水溝に溜まる髪の毛の量が、確実に増えていることに気づいていた。最初は「仕事のストレスだろう」と自分に言い聞かせていたが、ある日、会社のトイレの強い照明の下で鏡に映った自分の頭頂部が、以前より明らかに地肌が透けて見えた時、心臓が冷たくなるのを感じた。その日から、僕の日常は少しずつ変わっていった。会議中も、前の席に座る上司のフサフサした後頭部と自分を比べては落ち込み、風の強い日は、セットした前髪が崩れて額が露わになるのが怖くて、自然と下を向いて歩くようになった。インターネットで「若ハゲ」「薄毛 対策」と検索しては、効果の怪しいサプリメントの広告に一縷の望みを託し、そして裏切られる。そんな日々が続いていた。転機となったのは、ある週末に見た医療系のドキュメンタリー番組だった。そこでは、薄毛が「AGA」という治療可能な病気であること、そしてその第一歩として「検査」があることを紹介していた。僕の頭の中では、「検査」という言葉が何度も反響した。原因がわかるかもしれない。でも、もし本当にAGAだと診断されたらどうしよう。その事実を受け止められるだろうか。結果を知るのが怖くて、僕はさらに数ヶ月間、行動に移せずにいた。しかし、悩めば悩むほど、抜け毛は僕の自信を静かに、しかし確実に奪っていく。このままではダメだ。この漠然とした不安の中で生きていくのはもう嫌だ。ある夜、僕は震える指でスマートフォンを操作し、AGA専門クリニックの無料カウンセリングの予約ボタンを押した。クリニックのドアを開ける瞬間は、人生で最も緊張したかもしれない。しかし、カウンセラーの方も、診察してくれた医師も、僕の悩みを真摯に、そして優しく受け止めてくれた。マイクロスコープで映し出された自分の頭皮の状態は衝撃的だったが、同時に「これが現実なんだ」と腹を括ることができた。その日、僕は遺伝子検査と血液検査を受けることを決意した。採血を終えてクリニックを出た時、僕の心は不思議と晴れやかだった。まだ何も解決していない。でも、長年一人で抱え込んできた重い荷物を、ようやく専門家というパートナーと分かち合うことができた。検査は、単に原因を知るためのものではなかった。それは、自分の弱さと向き合い、未来を変えるための一歩を踏み出す、僕にとっての儀式だったのだ。
僕が勇気を出してAGA検査を受けた日